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宮崎 敬士 みやざき ひろし

自分の性格

コツコツ真面目で慎重で石橋を叩いてヒビ入れるタイプ。要領が悪く処理スピードは遅め。枠からはみ出すことを嫌がり、イレギュラーに弱い。のんびり屋でせかされるのが嫌い。興味のあることには猪突猛進、興味のないことにはおおざっぱ。人とは違うことをしたい性格(人から見たらある意味、変人かも (笑) ) 。人見知りで初対面の人には寡黙。一旦打ち解けると気さくでしゃべりだすと止まらなくなることも (汗) 。人を笑わせ、喜ばせたり、サプライズするのも大好き。

血液型

O型

星座

うお座

趣味・特技

チェロ、空手道二段、スキー、スキューバダイビング、アニメ&ゲーム、イラスト描画、読書、映画鑑賞、音楽鑑賞、演劇鑑賞、愛犬と遊ぶこと

座右の銘

人生は何回感動できたかで価値が決まる(本田宗一郎の名言)

好きな色

好きな食べ物

トマト・豆腐

苦手な食べ物

くさやの干物、臭豆腐、虫系のゲテモノ

心に残った本

三國志演義(羅貫中) 、ソフィの世界(ヨースタイン ・ゴルデル) 、
かがみの孤城(辻村深月)

子供の頃の夢

おもちゃ屋さんになって毎日遊んで暮らしたかったです

無人島へ1つだけ持っていくならば?

家族

ママとパパに伝えたいこと

子どもには無限の可能性を秘めています。子どもの才能の芽を開花させるには、何でも自分で考えさせて、自分でやらせることが大事です。親は手を出しすぎず、失敗しても良いから子どものやることを見守ってあげて下さい。そして上手くできたらたくさん褒めてあげて下さい。何でも禁止したり、あれこれ指示したり、挙句の果てにスマホに子育てをさせるなんてことはもってのほかです。日本は受験至上主義の国ですが、勉強マシーンではなく、まずは子どもといっぱい対話して人間性豊かな「人」を育てましょう。子どもの望ましい精神発達には、母親と父親の双方の関わりが必要です。母親には母親の、父親には父親の役割があります。母親が父親の代わりにはなれないし、その逆も然り。親の役目は、親の望みを子どもに押し付けることではなく、子どもが将来苦労せず幸せで健康な人生を歩めるための知恵を授け、子どもの意思を尊重しサポートすること。あくまで主役は子どもに譲り、親は脇役に徹することです。

私は、兵庫県の地で母方祖父、両親が医師である医者家系の家に生をうけました。小児科医である母親が自宅のクリニックで診療をしており、幼少期から子どもの泣き声を聞きながら日々過ごしてきました。小さい頃から僕はテレビっ子で、幼稚園や学校から帰ると母の診療が終わる19時半頃まではテレビにかじりついていました。

小学校は私立校に通っていましたが、母は学校の出欠に関しては厳しかったです。病気で熱が出ていても自宅で点滴治療して翌朝には内服薬を飲ませられ、休むことなく学校へ送り出されました。
中学高校は一貫校に通うことになりました。しかし不幸にも入学早々、友人との鬼ごっこの最中に転んで左膝蓋骨骨折をし、学校を約2か月間欠席する羽目になりました。これをきっかけに数学の授業についていけず苦手科目となり、苦難の始まりとなりました(笑)。勉強はさっぱりでしたが、行事の多い学校で富士登山、高野山100km歩行、どやどや、真言宗修養行事などに参加。たくさんの経験や思い出ができ人間形成には良い経験ができたと思います。

大学進学時には実用の学問を学びたかったことと、他に興味のある学部がなかったため親の敷いたレールに乗っかり、医学部を目指しました。ただ理系志望なのに数学・化学が苦手という矛盾したスキルステータスのため大学受験ではかなり苦労しました。
当時、アニメやゲームが大好きで第3次声優ブームの真っ只中であったものですから、「もし医学部が無理だったら諦めて声優を目指そう!」と思い立ち、某声優養成所の入所審査を受けたところ見事合格!一方、大学浪人2年目にして運よく医学部にも合格し、医師と役者の勉強の二足のわらじの生活が始まりました。

大学では医学の勉強と空手道部の練習に明け暮れました。おかげさまで在学中に空手道二段の免状と黒帯をいただきました。養成所では発声やお芝居の勉強のほかダンスや日本舞踊、殺陣なども学び、すべてがとても新鮮で楽しかったです。
大学4回生になり、養成所では基礎科→本科→研修科と順調に進級しましたが、さすがに大学の実習が忙しくなり、医師と役者の両立は困難であることに直面しました。ありがちですが、自分が将来的に家族を養わなければいけいない立場ということを考えると、社会的・経済的にも安定している医師の道を選択せざるを得ませんでした。卒業後は子どもが好きなので専門科目は小児科医の道へ進みました。

研修医時代には早朝から夜中まで激務でこなし、舟を漕ぎながらカルテを書く日々を過ごしました。けれども、元気に退院していく子どもの笑顔や病棟でスヤスヤ眠っている子どもの寝顔を見れば疲れも吹き飛びました。小児科は患児が自分で正確に訴えられない症状を客観的にくみ取って判断しなければならない難しさがありますが、他科とは異なって子どもたちと触れ合う楽しみや今後何十年も生きていく命を救い支えるというやりがいもあります。次第に自分にとってこれが天職なんだなと思うようになりました。日常診療を通じて医学的知識と経験のみならず、会話術や人との付き合い方など様々なことを学び、つらいこともありましたが良い社会勉強になりました。勤務医時代に学んだ数多くの経験と今まで培った知識や技術を地域の子どもたちへ還元すべく、子どもが病気になった時に最初に受診する場である地域医療の最前線に立とうと気持ちを新たに開業することとなりました。
勤務医時代のような医療にだけ専念していた時とは異なり、現在は経営や人事など今まで経験がなく右も左もわからない暗中模索な日々…。医療は1人では成り立たず、いろいろな職種の人々のおかげで成り立っているのだなあと実感しています。研修医時代のような初心に戻り、貪欲に知識を取り込み、地域の皆さんに頼られる町医者になれるよう研鑽を積んで参る所存ですので温かい目で見守ってください。一日の業務を終え、疲れ果てて自宅に帰った後は家族と愛犬に癒され、公私ともに安穏とした幸せな毎日を過ごしていますとさ。めでたしめでたし(笑)。

(おしまい)

・ご家族が自宅で安心して子供の看病ができるよう支援いたします。
・心身ともに健やかに成長できるよう子どもと家族に最善の看護を提供いたします。
・子どもの権利を尊重し、愛情のこもった看護を提供いたします。